秋の朝、Farmers Marketでお買い物。ダリアさんのお家で小さな食事会(前編)
神戸に暮らす人が神戸の隠れた食の魅力を探求するシリーズ企画。神戸で活動する家庭料理家が、市内の農園を訪ね、農家や外国人の方からレシピのヒントをもらいながら、友人を集めて小さなパーティーを開く。毎回、そんなプロセスを綴っています。
案内人は家庭料理研究家であり、Farmers Marketの運営にも携わっている安藤美保さん。今回レシピを教えていただくのは、イラン出身、神戸市中央区在住のダリア・アナビアンさん。ストーリーは神戸三宮の東遊園地でこの秋開かれたFarmers Marketで二人が食材を調達するところから始まります。安藤さんが、神戸市中央区在住のダリアさんに西区や北区の農家さんを紹介しながら、季節の野菜を探します。


街の木々も秋の色に染まり始めた11月初旬の土曜日。ダリアさんは共通の友人を通じて知り合った安藤さんを訪ねて、東遊園地で開催しているFarmers Marketにやってきました。このFarmers Marketでは西区や北区の農家さんが公園の一角に軽トラックを並べ、季節の採れたて野菜を販売しています。そこで二人は野菜を買い込んで、今夜一緒にホームパーティーを開く予定なのです。ダリアさんの故郷イランといえば砂漠のイメージが強いですが、実は野菜がよくとれて、食卓には沢山野菜の料理が並ぶそうです。そんなイランならではの調理方法を教えてもらおうと思います。

「おはようございます、安藤さん。気持ちいい朝ですね。」
ダリアさんご到着。とても流暢な日本語です。さっそく一緒に農家さんたちのブースを回ってみることにしました。
「ダリアさん、今日はどんなお野菜があったらいいかしら?」「んー、とにかく沢山。ペルシアの食卓には色んな野菜の料理が並びます。お肉は少なくて、野菜がメイン。あ、花ズッキーニ!これ、ずっと探していたんですよ。すごーい。」
立ち止まったのは西区チームの一つ、チアファーム浅川さんたちのブース前。
「花ズッキーニは人気ですね。とくに外国人の方が好んでくださいます。」「そうですか。こうやって珍しい野菜が揃えてあると嬉しいですね。ここに着いてまだちょっとだけど、すでにまた来たくなってる。」「そう言っていただけると嬉しいです。このFarmers Marketでは、こうしてお客様と会話できるのでレシピを教え合いっこしたり情報交換したりして、わたしも楽しんで参加しています。是非また来てくださいね。」

「さてさて、野菜をどんどん買っていきましょうか。」「そうですね、ほうれん草、それからニンニク、玉ねぎ、卵…卵ってあるかな?」「あると思いますよ。ほらあそこ、森本聖子さんがいる北区チームのブース。このFarmers Marketには、小規模農家さんが仲間でチームを作って参加したりしているの。」


「あら?有精卵って何ですか?」「あ、それは受精卵のことです。」「えー!じゃあ、これを温めるとヒヨコがかえるかも?かえらない?とにかく生きた卵なんですね。こうやって知らなかったことを農家さんから直接聞いて買い物ができるって楽しい。」「そうなんですよ。それがFarmers Marketの魅力であり、大切なことです。次はキャルファーム神戸さんのブースです。」
「あら、ニンジン、黄色いニンジンと赤いニンジンがある。これはどうしてなんですか?」「それは品種の違いですね。黄色い方が甘めです。近畿ではニンジンといえば赤ってなっているから、黄色い方は良く珍しいと言っていただきます。」「そうなんですね。葉っぱは美味しい出汁がとれるんですよね。これももらいます!」


「隣は、NIU farmさんのブースです。」「このラディッシュちょっと変わった形をしてる!」「うちのラディッシュは、一般的なラディッシュと同じ品種なんですけど、育て方が他と比べてゆっくりなんですよ。赤いものはすぐ割れてしまうので、本当はカブぐらい大きくなるんですけど、小さいうちに収穫するようにしています。」「なるほど。すごく可愛らしいから買っちゃう。」「ダリアさん、もうカゴがいっぱい。本当にたくさんの野菜を使うんですね。」「もっとよ、もっと。パーティーだから。」「あらまあ。」

「今度は西区チームの谷下農園さんね。」「本当に色んなところから、色んな育て方の農家さんがいらっしゃってるんですね。」「そうなの。それが神戸の魅力!おはようございます、谷下さん。」「おはようございます。今朝はどんな野菜をお探しですか?」「ナンに挟んで食べるから、どんな野菜でもいいんです。グリングリンしてるのがいい。」「グリングリン?」「そう、グリーン、緑ね。」「なるほど。そういえば、ドレッシングはどうしますか?」「ペルシア料理ではドレッシングは…」「こだわるの?」「ううん、つけないの。」「えー!」「だって、野菜そのものの味がおいしいから。どうして違う味をつけるの、っていう感じ。」「そうなんだ。でも確かにそのままでも美味しいものね。違う国の料理を食べるって、そういう固定観念みたいなものを見直すにもいい機会かもしれない。」


「ダリアさん、今度は何を見つけたの?」「これです、米粉。ぜひ使いたいですね。ペルシア地方は、インダス文明から米文化が入ってきていて、昔から米粉を使っているんですよ。この米粉を使ってナンやケーキを作りたいと思います。」「そうか、言われてみるとペルシア料理って本当に古くからあるんですよね、歴史を感じます。」「もっと色々面白い話がありますよ。後でゆっくりね。」

「米粉ナンやケーキには、ミルクも欠かせないですね。」「だったら、豆乳はどう?今日はお豆腐屋さんも来てくださってるの。」
原商店さんは兵庫区 東山商店街のお豆腐屋さん。昭和27年創業で、初代から数えて3代目だそう。
「すみません、豆乳、一ついただけますか?」「はーい。」「あら、このスタイル、まさにイランもこんな感じ。ビニールに入れてミルクを売っているんですよ。」「そうなんですね。うちの豆乳は濃厚なので容器に入れるとどうしても底に残ってしまうんですよ。だからこんなスタイルにしています。」「そんなに濃厚なんですね、それは楽しみ。」

「ひと通り買えたかしら。」「そうですね、もう大丈夫。ねぇダリアさん、お腹がすいてきたので、朝ごはんにしませんか?」「そうしましょう、そうしましょう。」



「スープもコーヒーも温かくて美味しい!ところでイランでホームパーティーを開くときは、すごくたくさん作るの?」「はい、それはもちろんです。でも、誘うときは『パンとチーズしかないんですが…』といって恐縮しながら誘うんですよ。それで、実際に家に行ってみたらてんこ盛りに料理が出てきます。それでも招いた人は、『こんなんしかなくて…』って言うんです。」「なんだか日本と似てますね、うふふ。」「そう、でもイランの人は隣の人にお金を借りてでもホームパーティーを開くの。貸してほしいと頼まれた人も、頼んできた人がホームパーティーを開けなかったら恥になるからと、どうぞどうぞと言って貸しますよ。」「えー、それはちょっと想像できないかも。」


「ダリアさん、今回はFarmers Marketの後に、北野の方がトマトと柿とレモンを採らせてくださるそうなの。なんでも住宅地の真ん中の空き地にトマトが勝手に生えたんだって。」「それはすごいですね。行ってみましょう。」
カゴいっぱいの野菜を抱えて、ダリアさんが住んでいる北野エリアへ場所を移します。

「ダリアさんはいつから日本に?」「私は4歳から。実は私の父はイスラエル人で、母はイラン人なの。おじいさんが古美術の仕事をしていて、日本によく来ていたんだけど、父の代から日本に住むようになりました。おじいさんは日本の色んなところを回って、かなり日本に詳しかったので、ユダヤ教会があるから住むならここ!と言って神戸に住み始めたんです。」
「ここがトマトが生っている場所ね。」「かわいい!まるで小さなシークレットガーデンね。あ、トマト!」「え、どこどこ?あらぁ。」

「立派なトマト!こんな空き地で水もあげないで育つんだね。」「人の手が入っていないから、地面を這って広がってる。まるで宝もの探し。今度、Farmers Marketで農家さんに会ったら、もっとトマトの育て方について聞いてみたいな。ほかの野菜もここに植えさせてもらえたら嬉しいね。」


「この子たちはまだ青いので、これはペルシアのピクルスにしてみます。」「いいですね。次はレモンと柿をいただきに、裏庭にお邪魔しましょう。」

「お邪魔します!あら、大きくて立派なレモンの木。まだグリーンだけどクリスマスまでには黄色くなるんだって。」
「近くに寄るとレモンのいい香りがしますね。深呼吸したくなる。あ、安藤さん気を付けて。」「うん、大丈夫!」


「柿も沢山生っていますね。」「これは干し柿にしましょう。紐に吊るせるように、こうやって枝を切るんですよ。」


「さあ、そろそろ失礼して残りの買い出しに出かけましょう。ダリアさん、あと何が必要?」「スパイスとラム肉を近くのハラールショップまで買いに行きます。」
「それにしても、素敵なおうちが沢山ありますね。さすが北野。」「ハラールショップの前にはモスクがあります。教会もモスクもお寺も神社もみんなご近所さんというのが北野の面白いところよね。」


「わー!たくさんスパイスがありますね。」「我が家にも、たくさんありますよ。ペルシア料理にスパイスは欠かせないんです。いっぱいは使いませんけど。」

「ダリアさん、今夜はラム肉なのですね。イランでは肉といえばラムですか?」「そうですね、ペルシアの羊は砂漠の羊と呼ばれていて、カラカラに乾燥したところでも良く育ちます。逆に牛はあまり育たないの。イスラム教徒は豚を食べないし。でも、ペルシアの羊は臭くないんですよ。お楽しみにしていてね。」
さて、半日かけて一通りの材料を揃えました。イランでは母と娘がこうやってパーティーの準備をしていくのだそう。ふんだんに取り揃えられた季節の野菜たち。さて、どんな料理になるのでしょうか。楽しみです。(後半に続く)