冬の海。ワカメ狩りにポールさんが須磨へ朝の散歩。冬のアウトドアレシピ。(後編)
神戸に暮らす人が神戸の隠れた食の魅力を探求するシリーズ企画。神戸で活動する家庭料理家が、市内の農園を訪ね、農家や外国人の方からレシピのヒントをもらいながら、友人を集めて小さなパーティーを開く。毎回、そんなプロセスを綴っています。
今回レシピを教えていただくのは、アメリカ出身、神戸市中央区在住のポール・アピスさん。
今回のストーリーでは初めての海へ!ポールさんが、毎年ワカメ狩りに行くという友人に誘われて、須磨海岸にやってきたところから始まります。後編では、収穫したワカメも使って、西区の農園でアウトドアクッキングを楽しみます。
前編を読まれていない方、まずはこちらよりどうぞ。最後にレシピも紹介します。
ポールさんが新鮮なワカメを収穫した翌朝。キッチンでは、もう作業が始まっています。残念ながらワカメ狩りに参加できなかった安藤さんが、朝から張り切ってワカメを下ごしらえをしているのです。ワカメ料理のポイントは、「海の香りを楽しむこと」だそう。暗い色をしていたメカブがお湯の中できれいなグリーンへと変わっていきます。
下ごしらえができた頃、仲間が車で安藤さんを迎えに来ました。今日は西区 森の農園の森野さんファミリーと一緒にアウトドアパーティーをする約束です。中央区からは車で30分ほどで到着。さあ、まずは野菜を収穫させてもらいましょう。
「コンニチハ!」「ポールさんたち、ようこそ!」
ご挨拶もそこそこに、さっそく大根を抜かせてもらいます。「収穫は楽しいわね。ほらポールさん、見て見て。わたしの大根のほうが大きいわ!」「あはは。僕のは可愛いね。ところで、あの白い建物はなんだい?」と、ポールさん。どうやらビニールハウスのことを言っているようです。そこで、つぎはハウスの中へ案内してもらいます。
「すごい、中は暖かいんだね。こうやって温度管理をして野菜を育てているのか。これはホウレン草だね。ホウレン草が一番おいしい時期ってあるんですか?」
「いつでも食べられるけど、葉が小さいうちはやや硬いのでサラダに向いています。葉が大きくなると柔らかくなるので、スープ向きですね。」
「ジャイルズ、君が野菜を持っていると、なんだか本物の農家みたいだね。」
「そうかな?実は僕の母の実家はカナダの農家なんだよね。僕も手伝ってたことがあるから、畑は大好きだよ!」
「なるほど、そうなんだね。それで、お味はどうだい?」
「上々だよ!」
「コレハナンデスカ?」
「それは、ゴボウですよ。ゴボウって英語でなんて言うんだろう?バードック?森野さん、ゴボウってアメリカには無いの?」
「うーん、どうだろう。でも戦時中、アメリカ人捕虜の食事にゴボウを出したら、『日本人は捕虜に木の根っこを食べさせるのか』って言われたという話を聞いたことがあるから、アメリカでは食べないのかもしれないね。」
「そんなことがあったのね。ポールさん、今日は美味しいバードックを食べさせてあげるわ。」
「ハイ、オネガイシマス。」
「では最後に玉子を探しにいきましょうか。」
さて、食材も揃ったので、広場へ移動してクッキング開始。
「まずは、昨日ナナファームで買ってきてくれた垂水産のガシラや鯛にワカメを巻いて、塩釜焼を作りましょう。ワカメを巻くことで、ワカメの豊かな香りが加わるし、魚の旨みがギュッと凝縮されます。そして塩釜で焼くことで中まで火が通ってふっくらしますよ!
「僕の実家はカトリックでね、金曜日は肉を食べられなかったんだよ。子どものころは毎晩家族が一緒にご飯を食べることになっていた。テレビもつけずに、その日あったことを家族と話すんだ。特に日曜日は夕方6時に絶対家に帰って、皆で過ごす決まりだったんだ。こうやって火を囲んで友人と過ごすと、あの時の家族の団らんを思い返して懐かしくなるね。」
「僕のおばあちゃんはイタリア系で、うちの家庭料理はずっとイタリア料理だった。僕も国を出て、台湾に7年住んでから、いま日本にいるけれど、やっぱりおばあちゃんの料理は最高。いまでも料理するたびにそのことを実感させられるよ。ああ、おばあちゃんは本当に偉大だったなって。そして僕も料理が好きだから、自分の経験を活かしてレシピを考えているんだ。今日は神戸の梨と10種類のアジアンスパイスを使った豚肉料理や森野さんのホウレンソウのスープを作ってみたよ。」
「さっき採ってきた野菜はホイルで包んで、たき火で焼きましょう。こうやって小さく切るとかわいいでしょ?あ、ポールさんが気になってたゴボウはそのままの形で入れちゃおう。」
「安藤さん、これは?」
「これはね、メカブのオムレツ。昨日獲ったメカブと、さっきもらった卵で作っちゃう。メカブのトロトロがオムレツをふんわりさせるし、歯ごたえが面白いんじゃないかなと思って。色合わせもいい感じでしょ。」
「どうどう?焼けてる?火が弱かったみたいだけど。」
「ようやく焼き色が付いてきましたよ。こうやって火と木に向き合って料理するのって楽しいから大好き。ついつい真剣になっちゃう。」
「分かる。手間をかけた分、絶対に美味しいしね。あら、そろそろいいんじゃない?取り出しましょう。」
「いい香り!それに美味しそうに焼けてるね。」
「ポールさん、ゴボウもできたわよ。バードック。ほら、見て見て。」
「すごい!こんなの自分じゃ絶対料理しないよ。したことない。どれどれ…うん、美味しい!豊かな土の香りだね。」
「さあさあ、今朝わたしが作ってきた茎ワカメのバターをパンに塗るのも手伝ってくださいな。そろそろ食事にしましょう。」
「ねえ、安藤さん。僕は色んなところにいって、今までにやったことないことをするのが大好きなんだ。人生は冒険だと思ってるから。でも、色んなことを楽しもうと思ったら健康じゃなきゃいけない。だから、健康には気を使うようにしてるんだ。アメリカ人ってホットドックばっかり食べてるイメージがあるらしいけど、僕みたいに健康志向の人も少なくないよ。人生、健康ならもっと楽しめる!そのための健康的な食生活が、こうやって四季折々の日常の暮らしの中でできるなんて。本当に恵まれてるね。」
ポールさんが料理を取り分けながら、まるで家族との団らんのように一生懸命話しています。そこには森野さんの奥さんお手製のおにぎり、須磨の海苔やジャコも並んでいます。
昨日ポールさんが選んだ、神戸ワイン「ベネディクシオン・ブラン」で乾杯!
「日本のイメージって実際に来るまでは、工場地帯だったんだよね。たくさん工場があって、都市が成り立ってるような。でも、神戸に来てみたら全然違ってた。もちろん工場もあるけど、海があって山があって、そこには漁業や農業をしている人たちがいた。彼らの想いは本当にすごい。昨日と今日、そういう信頼できる人たちと出会って、これからはもっとローカルなものを積極的に買おうと思った。自分自身が彼らの野菜で健康になれるし、彼らの仕事も応援できるから。僕たち、とてもいいご近所さんになれるよね。」
途中、雨も降ったりして、理想的なアウトドア日和とはいきませんでしたが、小さなテントの下で集まって乾杯したり、たき火を囲んで暖を取ったりと、晴れている時よりもずっと近い距離で親密な時間を過ごせたように思います。
こうして人と人が出会い、つながり、食も丁寧に手渡されていく町、神戸。これからも身近にある豊かさを、皆さんと一緒に発見し、大切に育んでいきたいと思います。
神戸らしい地産地消を見つけるストーリー全4話。
ご愛読ありがとうございました!
ストーリー中に登場した料理のレシピ
RECIPE 015:石窯で、わかめの香りの鯛の塩釜焼き
RECIPE 016:めかぶオムレツ
RECIPE 017:茎わかめバター
RECIPE 018:焚き火で根菜のロースト
RECIPE 019:豚ヒレ肉のハニーバルサミコソースと梨とリンゴ