北区への農家探訪記。 そして六甲山頂でデビッドさんのバーベキュー(後編)
神戸に暮らす人が神戸の隠れた食の魅力を探求するシリーズ企画。神戸で活動する家庭料理家が、市内の農園を訪ね、農家や外国人の方からレシピのヒントをもらいながら、友人を集めて小さなパーティーを開く。毎回、そんなプロセスを綴っています。
案内人は家庭料理研究家の安藤美保さん。小さなパーティー会場は六甲山山頂付近にある貸コテージ『ROKKO COTTAGES』のテラス。今回レシピを教えていただくのは、アメリカ・ポートランド出身、神戸市灘区在住のデビット・グラハムさん。
前編を読まれていない方、まずはこちらよりどうぞ。最後にレシピも紹介します。
さて、北区から集めてきた食材と、さらにはデビちゃんが前日から仕込んでいたというお肉も登場して、いよいよ調理が始まります。まずは、デビちゃんが作る『ガンボ』。さっそくフライパンに火を入れて小麦粉と油でスープの元となるルーを作っていきます。
デビちゃんがコンロを使っている後ろで、『セビチェ』を作ります。『セビチェ』はメキシコの料理で、ライムの酸で白身魚をしめるお料理。パクチーやキュウリ、玉ねぎなどを混ぜて、冷蔵庫で冷やしながら2時間くらい漬けて置きます。
キッチンのアイドル、ハナちゃんも賑やかなキッチンの様子にキョトン。
「デビちゃん、ところでさっきのお肉はどうやって調理するの?」「真空調理ですよ。」「?」「材料を真空パックした状態で、精密に温度管理されたお湯の中でじっくり低温加熱するんですよ。」「難しそう…」「そんなことないですよ。昔は真空調理の機械はレストランにしかなくてものすごく高かったけど、今は個人で使うにも手に入れやすくなっています。」
「お肉は豚肉?牛肉?」「両方あります。牛肉は、赤身のお肉をリーズナブルな価格で提供している神戸牛牧場さんの六甲牛の肉を使って『赤身ステーキ』を作ります。赤身肉でも、真空調理でゆっくり加熱することで、タンパク質を溶かしてものすごく柔らかくて肉の旨みがしっかり詰まったお肉になります。豚肉は、神戸ポークの厚切りのスペアリブです。これで『ケイジャンポークリブ』を作ります。家庭で調理する時に厚切りだと中まで火が通りにくいから普通の家庭ではなかなか調理しにくいのだけれど、真空調理を使えば中までじっくり熱が通るので、柔らかいままで調理できます。真空調理ができたら、最後に炭火で表面だけジュージューしたらもう最高よ。」「…そうやって聞くとおいしそう。早く食べたい。ふふ。」
「パックの中に入っているのはお肉と?」「あと、ハーブが入っています。味に関係ないものに触れずにお肉が加熱されていくのも真空調理が美味しい理由ですね。」「これ、どれくらい加熱するの?」「牛肉は54度で1時間くらい。豚肉は4時間くらいかかるから、前日に仕込んできました。」「なるほど。」
「ほら、いつの間にかガンボのソースもいい感じになってるよ。こうやって加熱しながら他の料理ができるのも真空調理のいいところ。便利です。」「すごい、いい匂い!」
私も他のお料理の準備に大忙し。キッチンには自然と熱気がこもってきて、デビちゃんの額にも汗が浮かびます。
「あれ?デビちゃん、トマトや玉ねぎ、丸ごとフライパンに入れちゃってるの?」「そうですよ。この方が水分が飛びすぎず、旨みが逃げないから美味しくできるんですよ。」「大胆ね。」
「このトマトや玉ねぎは何に使うの?」「実は、サルサソースを作ろうと思っています。トルティーヤチップスを買ってきたんですよ。」「あらー!ビール沢山飲んじゃいそう。」「ビールは大事なガソリンやからな、早く飲みたいね。」
いただいたカボチャは中をくりぬいて丸ごとグリルすることに。小さなカボチャが鍋に収まるとそれだけで可愛らしい。
「あらっ、すごくいい匂いがする。」「ガンボソースが出来ました。んー美味しい。いいで、これ!」「デビちゃん、味見で全部食べちゃいそう。ガンボは何と一緒に食べるの?」「ルイジアナではタイ米が主流です。今日もタイ米を用意してあります。
「では、ちょっと手伝ってください。今から、ポークチョップにスモークソースをかけます。本当は燻製にしたら美味しいんですが、ものすごく時間がかかるので、スモークソースで燻製の香りを出します。それでもすごく美味しいよ。」「ホント、燻製の匂いがすごく香ばしい。」
「そして、ソースの上からたっぷりスパイスをかけます。」「わっ!このスパイス、何が入ってるの?」「パプリカ、タイム、塩、コショウ、ホワイトペッパー、ガーリックパウダー、カイエンペッパー。でも、割合は教えない、秘密です。」「どうして?」「適当すぎて教えられない。」
さて、それではそろそろ外に出てバーベキューを始めましょうか。「少し雲も出てきたけど、雲の中にいるっていうのが六甲山ぽくていいわね。」
「ここからは僕のオンステージやな。」「デビちゃん、頑張って!」「まかせとき。」
「ちょっと待ってや!ビールは大事よ!」「ふふ、じゃ、一緒に。」「カンパーイ!」
「お、そろそろポークチョップがいい感じに焼けてきたよ。」「さっきからすごくいい匂いがしてるんですけど。」「よし、切りますか。」
「あっっっ、すごい、おっきいー。」「どうぞ。」「いただきます。んー。おいしいー!」「せやろー?言うたやん。」厚切りのお肉はものすごく弾力があって、噛むたびに肉汁があふれてきます。
「さぁ、ステーキも食べごろやで。この上に、チーズバターをのせて食べたらおいしいよ。」
「すごい。ものすごくジューシー。赤身肉と思えないくらい柔らかいね。」「これがホントの牛の旨みですよ。」
料理が出そろって、みんなで好きなものをいただきます。自分たちで選んだお野菜、作った料理、一品一品についてそれぞれの思い入れがあって、話が尽きません。そのまま気づけば日も落ち、街明かりを山の下に望みながら六甲山での暮らしについてコテージのオーナー・ブライアンさん夫妻も交えて語り合います。
夜は『ROKKO COTTAGE』さんのコテージにて就寝。
朝です。あいにく空にはまだ雲がかかっている中、うっすらと朝焼けを見ながら、朝食の準備にとりかかります。
「あら、デビちゃん。朝は卵の黄身を真空調理?」「そう。『エッグベネディクト』のソースを作ろうと思っていますよ。バゲットの上にベーコンと半熟卵を載せて、このソースをかけたら最高やで。」「あら、おいしそう。じゃあ私は生チーズとキュウリで『ジャジキ』を作りますね。」
「この卵のソース、黄身とバターが完全に分離してしまっていますね。このような状態は、料理では失敗だという常識なんですよ。でも、まかせてよー、大丈夫。」といいながら、デビちゃんはどこからかまた変わった道具を取り出しています。ソーダサイフォンという道具だそうです。
「ふふふ。見ててよ。行きますよ。」パンの上にハム、トマトをのせて、その上に熱を加えて半熟に仕上げた卵をのせ、最後にデビちゃん特製の卵のソースをソーダサイフォンでかけて、出来上がり。「おお。おいしそう!」
「あ、僕のはダブルハムでお願いします。トマト嫌いだから。」徹底してますね。
朝食も、みんなでテーブルを囲んでいただきます。庭で摘んできたアジサイの花が、朝の食卓を涼しく彩ります。
中川さんのハチミツは、グラノラにかけていただきます。
「デビちゃん、ほんとにお疲れ様。沢山美味しい料理をありがとう。」「いや、僕も楽しかったから。やっぱ山でご飯食べるのは最高やな。またやりましょう。月1回!」「あら。それはすごい。できるかしら。でもやってみたい。」「今度は誰が料理作るかなー?」「え、デビちゃんじゃないの?」
街の喧騒を少し離れて、それでも神戸の中でこんなに種類豊富な食材と、沢山の美味しいお料理と、澄んだ涼やかな空気と、そして素晴らしい人に囲まれて、ちょっと短い夏休みをすっかり満喫してしまいました。ごちそうさまでした。
ストーリー中に登場した料理のレシピ
RECIPE 005:デビットさんのガンボ
RECIPE 006:ケイジャンポークリップ
RECIPE 007:赤身ステーキ
RECIPE 008:デビットさんのセビチェ
RECIPE 009:デビットさんのエッグベネディクト